太 融 寺
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大阪市北区の一角ある太融寺の境内に浅居三姉妹の長女淀殿の墓があります。
歴史に翻弄され数奇な運命をたどった三姉妹ですが、淀殿は大坂城落城により、秀頼と共に自害したとされています。
京都東山にある淀殿ゆかりの浅居家菩提寺であり血天井で知られる「養源院」に妹の江により淀殿と秀頼の菩提が弔われと言われています。
太融寺の資料では「元和元年5月、大阪城落城によって秀頼と共に自刃して果てた淀殿の遺骨は、大阪城外鴨野郷、弁天島に一祠を作って埋められた。これが淀姫神社である。
明治10年11月城東練兵場(現大阪城公園)造成に当り移祀されることになり、豊臣に縁りの深い当寺に埋め九輪の塔(現在戦災に依り六輪)を建て境内西北隅に祀った。」とあります。
境内にある梵鐘は延宝3年の鋳造、江戸中期の高僧浄厳和上の撰文あります。
地下街の泉の広場の階段を上がって地上に出てすぐそばの「太融寺」交差点の角にあります。
観音様を巡礼する「新西国三十三個所二番札所」と書かれている。